マイライフ
2007年08月16日
発見した日記から
暑い日が続いていますが、皆さん調子はどうですか?実家の松本に帰省してきましたが、全然避暑地ではなくこんなに暑い松本は初めてでした。
実家で小学生と中学生の頃の日記を発見しました。当時の忘れていた記憶が蘇り、自分の中にある眠っていた当時の想いと今への影響がよく分かりました。小学生の頃の日記は、小学3年〜4年のもので、ページを埋めるためのストラテジーとしてなるべく日本語を使い、「そして」という言葉で繋ぐことをよくやっていました。先生からのコメントで印象的だったのが「なるべく漢字を使い、『そして』ではなく、もっと自分の気持ちを表すこと」というようなものでした。頻繁にサッカースクールでの試合の事が登場し、「楽しかった」とか「負けて悔しかった」等の言葉が使われていましたが、今振り返ればそんなに楽しくなく、義務感や「皆がやっているから」とか「カッコいいから」みたいな気持ちでいました。自分の気持ちを表現することが上手くできていなかったように感じます。
中学生の頃は日誌という形で毎日その日の出来事を中心に書いていましたが、やはり本当の自分の気持ちを表現しておらず、部活も帰りが遅くなったり、休みの日も練習試合があったりと大変だったにも関わらず、「楽しかった」等の表現をして自分を作った表現をしていました。もちろん部活の達成感は今でも記憶していますが。当時の事を振り返ると、受験や部活、友達との関係等で、結構抑圧を受けた時があったように思います。そうなると、通常魂の意識が優位になるはずが、サバイバルの肉体意識が優位に立ち不完全さが生じ、葛藤を生み出す傾向があるようです。
ちなみにですが、今の子供たちはどうでしょうかね。もしかしたら、当時の僕のような立場になっている子供たちが多いんじゃないかなとも感じます。
昔の日記を、再体験せずに、ただ観察しながら読み返すと今に影響を与えている葛藤的な事等が分かると思います。機会があったらお試しを。結構、忘れていた記憶も蘇り面白い体験になると思います。
実家で小学生と中学生の頃の日記を発見しました。当時の忘れていた記憶が蘇り、自分の中にある眠っていた当時の想いと今への影響がよく分かりました。小学生の頃の日記は、小学3年〜4年のもので、ページを埋めるためのストラテジーとしてなるべく日本語を使い、「そして」という言葉で繋ぐことをよくやっていました。先生からのコメントで印象的だったのが「なるべく漢字を使い、『そして』ではなく、もっと自分の気持ちを表すこと」というようなものでした。頻繁にサッカースクールでの試合の事が登場し、「楽しかった」とか「負けて悔しかった」等の言葉が使われていましたが、今振り返ればそんなに楽しくなく、義務感や「皆がやっているから」とか「カッコいいから」みたいな気持ちでいました。自分の気持ちを表現することが上手くできていなかったように感じます。
中学生の頃は日誌という形で毎日その日の出来事を中心に書いていましたが、やはり本当の自分の気持ちを表現しておらず、部活も帰りが遅くなったり、休みの日も練習試合があったりと大変だったにも関わらず、「楽しかった」等の表現をして自分を作った表現をしていました。もちろん部活の達成感は今でも記憶していますが。当時の事を振り返ると、受験や部活、友達との関係等で、結構抑圧を受けた時があったように思います。そうなると、通常魂の意識が優位になるはずが、サバイバルの肉体意識が優位に立ち不完全さが生じ、葛藤を生み出す傾向があるようです。
ちなみにですが、今の子供たちはどうでしょうかね。もしかしたら、当時の僕のような立場になっている子供たちが多いんじゃないかなとも感じます。
昔の日記を、再体験せずに、ただ観察しながら読み返すと今に影響を与えている葛藤的な事等が分かると思います。機会があったらお試しを。結構、忘れていた記憶も蘇り面白い体験になると思います。
希少なクリスタル,メタフィジカル系ストーン,日本の鉱物等をご紹介しています。
2007年08月03日
初めての現実化
最近小さい頃の出来事を思い出すことがあります。自分の信念や価値観というのは小さい頃の体験がキーになっていることがよくあるように思います。
最近、ふと初めて意識的に現実化を起こしたのは何時だったかな、なんて思ったところ、確か小学校3年生頃の事を思い出しました。
当時、隣の幼馴染と実家の裏庭で暗くなるまでサッカーをして、その後流れ星を見るという事をやっていました。そんなある日流れ星に3回願うと叶うという事を試してみることにしました。その頃、ブームになっていたのが「キン消し」。キン肉マンの消しゴムですね。そこで、願ったことは「新しいキン消しが欲しい」というものでした。記憶ではかなり真剣に、それこそ意図が明確だったように思います。
そろそろ夜ご飯だから帰ろうかということになり、家に向かう途中、突然、幼馴染が「キン消しあげようか」と言ってきたんです。いやぁ、驚きました。たった数分で現実化です。すぐにお隣に行き、新しいキン消しをもらいました。もらったのは、マニアックですが「アポロ・ザ・ジャイアント」今でも覚えています。
そして、この当時の学校の文集にこの事を書きました。でも、先生に願い事は何かと聞かれたとき、キン消しをもらったというのは恥ずかしかったので、とっさに「ばあちゃんが長生きすること」と答えました。結局、祖母は94まで生きたので、これも現実化したことは確かですが(´∀`)
現実化ってあるんだなぁと実感した体験でした。
最近、ふと初めて意識的に現実化を起こしたのは何時だったかな、なんて思ったところ、確か小学校3年生頃の事を思い出しました。
当時、隣の幼馴染と実家の裏庭で暗くなるまでサッカーをして、その後流れ星を見るという事をやっていました。そんなある日流れ星に3回願うと叶うという事を試してみることにしました。その頃、ブームになっていたのが「キン消し」。キン肉マンの消しゴムですね。そこで、願ったことは「新しいキン消しが欲しい」というものでした。記憶ではかなり真剣に、それこそ意図が明確だったように思います。
そろそろ夜ご飯だから帰ろうかということになり、家に向かう途中、突然、幼馴染が「キン消しあげようか」と言ってきたんです。いやぁ、驚きました。たった数分で現実化です。すぐにお隣に行き、新しいキン消しをもらいました。もらったのは、マニアックですが「アポロ・ザ・ジャイアント」今でも覚えています。
そして、この当時の学校の文集にこの事を書きました。でも、先生に願い事は何かと聞かれたとき、キン消しをもらったというのは恥ずかしかったので、とっさに「ばあちゃんが長生きすること」と答えました。結局、祖母は94まで生きたので、これも現実化したことは確かですが(´∀`)
現実化ってあるんだなぁと実感した体験でした。
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2006年05月08日
隠されていること
本当の出来事を知ることはとても難しいものです。特に歴史について。学校で日本史や世界史を学んだり、歴史に関するテレビを見たり、本を読んだりしても、それはあくまでも紙やメディアを通した記録に過ぎず、それが本当に起こった出来事なのかどうかは分かりません。と言うのも、歴史は勝者の歴史だからです。本当のことを知ってしまったら、秩序が崩れてしまうこともあり得ます。
リモートビューイングやアカシックレコードを使うと本当の出来事を観察することができます。それは学校で教わった歴史とは全く違うヴィジョン。だから初めて見た時は、本当かな?って疑ったり判断が加わってしまいます。
昨日は、ある方から僕の先祖に関する資料を受け取りました。以前いろいろと調べたことがあるのですが、4世代前までしか辿ることができませんでした。富家で一番古い歴史を知っている叔母に聞いたところ「富家については○○さんが知っている」と、富家とは関係のない人の苗字を挙げました。その結果、○○さんとシンクロニシティで出会うことになり、昨日その資料をいただいたという訳です。
そこには非常に興味深い歴史の断片が書いてありました。今までの人生を振り返ると「なるほど」と思えることもあり。自分の先祖の想いが180度変わることになり、大きな気付きとなりました。でも、○○さんと出会うということや、僕が昔富家があった場所に引っ越してきたという出来事からも、何らかのパワーが働いているようにも感じてしまいます。
最近のダビンチコードなどのブームからも分かるように本当の歴史のヒントが世に現れてくるようになりました。しかし、隠されていることはそのままです。本当の事が分かってしまったら世の中の秩序的に見てまずいことになるでしょう。だから秘密は秘密のままにしておいた方が無難な場合もあります。本当の事は様々なヒントや情報を活用して個人で知るということがポイントじゃないかなって思います。
リモートビューイングやアカシックレコードを使うと本当の出来事を観察することができます。それは学校で教わった歴史とは全く違うヴィジョン。だから初めて見た時は、本当かな?って疑ったり判断が加わってしまいます。
昨日は、ある方から僕の先祖に関する資料を受け取りました。以前いろいろと調べたことがあるのですが、4世代前までしか辿ることができませんでした。富家で一番古い歴史を知っている叔母に聞いたところ「富家については○○さんが知っている」と、富家とは関係のない人の苗字を挙げました。その結果、○○さんとシンクロニシティで出会うことになり、昨日その資料をいただいたという訳です。
そこには非常に興味深い歴史の断片が書いてありました。今までの人生を振り返ると「なるほど」と思えることもあり。自分の先祖の想いが180度変わることになり、大きな気付きとなりました。でも、○○さんと出会うということや、僕が昔富家があった場所に引っ越してきたという出来事からも、何らかのパワーが働いているようにも感じてしまいます。
最近のダビンチコードなどのブームからも分かるように本当の歴史のヒントが世に現れてくるようになりました。しかし、隠されていることはそのままです。本当の事が分かってしまったら世の中の秩序的に見てまずいことになるでしょう。だから秘密は秘密のままにしておいた方が無難な場合もあります。本当の事は様々なヒントや情報を活用して個人で知るということがポイントじゃないかなって思います。
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2006年02月12日
イメチェンの意図
自分の他のモード(意識、隠れた能力等)を発見したり知るためにはイメージチェンジが効果ありです。外見を変えることで、内面の何かが共鳴します。もしくは、内面の何かが外見に共鳴するとも言うことができますね。
僕は大学時代、大きな挫折的な体験をしました。日中は引きこもりで、夜は無理やり友達を誘って毎晩飲み歩く状態。ある時、これではダメだと感じ、気分転換で美容院で髪の色を変えました。すると新しい自分が見えたような気持ちが生まれ、物事が好転し始めました。髪の色を、茶色→赤→金髪→オレンジ等と月毎に変えていました。単に髪を染めただけですが、新しい自分を発見することができました。
新しい自分の面を見るためにイメチェンするには、意図が大切だと感じます。私は○○するためにイメチェンする、というように。
もし、物事が思う様に進まなかったり、大きな壁に出会ったとき等、髪型を変える、髪の色を変える、服装を変える等イメチェンをしてみるといいかも。って、結構日常的にイメチェンは活用しますよね。もちろん、外見を変えたからと言っても、内面は自分のままなのは当然です。でも、その自分の眠っていた部分が目覚めることがあるんですね。
僕は2006年になってから髭で遊んでいます。今まで髭を伸ばしたことが無かったので、意図を込めてイチロー選手のような感じにしてみました。今日は近所の癒し系美容室のfinfさんに行ってさっぱりと髪を切ってきました。担当の美容師さんにアドバイスいただいて髭スタイルにも変化をつけてみました(^_^;)明日会社での反応はどうかな〜?
僕は大学時代、大きな挫折的な体験をしました。日中は引きこもりで、夜は無理やり友達を誘って毎晩飲み歩く状態。ある時、これではダメだと感じ、気分転換で美容院で髪の色を変えました。すると新しい自分が見えたような気持ちが生まれ、物事が好転し始めました。髪の色を、茶色→赤→金髪→オレンジ等と月毎に変えていました。単に髪を染めただけですが、新しい自分を発見することができました。
新しい自分の面を見るためにイメチェンするには、意図が大切だと感じます。私は○○するためにイメチェンする、というように。
もし、物事が思う様に進まなかったり、大きな壁に出会ったとき等、髪型を変える、髪の色を変える、服装を変える等イメチェンをしてみるといいかも。って、結構日常的にイメチェンは活用しますよね。もちろん、外見を変えたからと言っても、内面は自分のままなのは当然です。でも、その自分の眠っていた部分が目覚めることがあるんですね。
僕は2006年になってから髭で遊んでいます。今まで髭を伸ばしたことが無かったので、意図を込めてイチロー選手のような感じにしてみました。今日は近所の癒し系美容室のfinfさんに行ってさっぱりと髪を切ってきました。担当の美容師さんにアドバイスいただいて髭スタイルにも変化をつけてみました(^_^;)明日会社での反応はどうかな〜?
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2005年11月18日
ダブルラッキーなシンクロニシティ体験in1998
この前の続きのストーリーになります。
前の記事は→http://www.enjoy-now.com/archives/50138876.html
そして、僕は冨田先生の奥様が通っていたことがあるという東京の英語学校を紹介され、学校説明会に参加しました。説明会が終わり、よしこの学校で英語の勉強をしようと決めました。しかし、仕事も無く初めての東京暮らしになる訳で、生活がとても不安でした。そこで、その学校の営業の方に、「この学校は仕事の斡旋はしているのか?」「アパートの紹介等もしているのか?」という質問をしたところ、「それは上の者に聞いてみないと分からない」とのことで、なんと社長室に通されました。
その学校の社長が登場し、何故大学を卒業して専門学校に入学しようとしたのか、今後どのようなことをしていく予定なのか、等ほとんど面接のような感じになりました。その当時僕はインターネットで国際交流サイトを運営しており、そのサイトを社長さんにアピールの意味で見せたところ、「実は今うちでもホームページ制作者を探していたところだったんだ」と言われ、更に「スタッフになると授業料が半額になる」とも言われ、通う学校と仕事が一緒に現実化したんです。
それから、午前中は授業に出て、午後働くというスタイルを続けました。
当時は先ほども書きましたが、国際交流サイトを運営している関係から、海外からよく日本に来る人が訪ねてくることがありました。この体験からも僕の方向を変える切欠が生まれましたが、続きは後日・・・
僕の体験したように、自分が進むよう設定している出来事は流れに任せてしまえばシンプルに現実化します。例えば人の助言や誘いがヒントになっていることもあります。特に億劫に感じる誘いは、躊躇しているのであれば思い切って行動してみる、つまり誘いに載ってみることです。もちろん直感でピンと来たらです。どんな道も間違いはありません。そこから自分の意識が拡大し始めます。
前の記事は→http://www.enjoy-now.com/archives/50138876.html
そして、僕は冨田先生の奥様が通っていたことがあるという東京の英語学校を紹介され、学校説明会に参加しました。説明会が終わり、よしこの学校で英語の勉強をしようと決めました。しかし、仕事も無く初めての東京暮らしになる訳で、生活がとても不安でした。そこで、その学校の営業の方に、「この学校は仕事の斡旋はしているのか?」「アパートの紹介等もしているのか?」という質問をしたところ、「それは上の者に聞いてみないと分からない」とのことで、なんと社長室に通されました。
その学校の社長が登場し、何故大学を卒業して専門学校に入学しようとしたのか、今後どのようなことをしていく予定なのか、等ほとんど面接のような感じになりました。その当時僕はインターネットで国際交流サイトを運営しており、そのサイトを社長さんにアピールの意味で見せたところ、「実は今うちでもホームページ制作者を探していたところだったんだ」と言われ、更に「スタッフになると授業料が半額になる」とも言われ、通う学校と仕事が一緒に現実化したんです。
それから、午前中は授業に出て、午後働くというスタイルを続けました。
当時は先ほども書きましたが、国際交流サイトを運営している関係から、海外からよく日本に来る人が訪ねてくることがありました。この体験からも僕の方向を変える切欠が生まれましたが、続きは後日・・・
僕の体験したように、自分が進むよう設定している出来事は流れに任せてしまえばシンプルに現実化します。例えば人の助言や誘いがヒントになっていることもあります。特に億劫に感じる誘いは、躊躇しているのであれば思い切って行動してみる、つまり誘いに載ってみることです。もちろん直感でピンと来たらです。どんな道も間違いはありません。そこから自分の意識が拡大し始めます。
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2005年11月12日
大学入学前のシンクロニシティ
18の時、地元の松本を離れ、福島市での一人暮らしが始まりました。大学入学式の前には大学近くのアパートへ無事引越しを済ませ、人生初の一人暮らしがスタートしました。初めて一人で暮らした日に、大学では新入生の歓迎の意味も込めたティーパーティーなるものが開催され、参加してきました。
参加者の新入生達は、くじ引きか何かでグループに分けられて席に着きました。確かグループは10名程だったと思いますが、お互いに自己紹介をしました。そして、驚いたことに同じテーブルに長野県民が僕を含めて4人いました。しかもその内の一人は僕と同じ松本出身で、実家から一番近い高校出身だったんです。福島へはそんなに多く長野県民は行かないので、すごい確立だなぁ、なんて当時は思いました。
その歓迎会の最後がボーリング大会で、電車で移動しボーリング場に行きました。ゲーム中、僕はふと隣のレーンを見ました。同じ大学生位のグループがボーリングをしていましたが、その中の人に見覚えがある顔がありました。すると、向こうも僕の顔をじーっと見ました。
その瞬間大きな驚きと共に思わず言葉が!
「○○先輩じゃないですか!?」
その見覚えのある顔は、高校時代の先輩だったんです。まさか松本から遠く離れた福島で高校時代の先輩と出会うとは思いもよらなかったので大きな衝撃でした。
話を聞くと、一浪して福島にある僕とは違う大学に合格して最近松本から引っ越してきたとの事でした。その場で松本出身が3人になりました。
これが、僕の記憶の中にある始めてのシンクロニシティ体験です。思えば、この時から何か始まっていたのかもしれません。
ちなみに、歓迎会の時にあった同じ松本出身の友人は、後に恩師となる冨田先生と同姓同名です。
参加者の新入生達は、くじ引きか何かでグループに分けられて席に着きました。確かグループは10名程だったと思いますが、お互いに自己紹介をしました。そして、驚いたことに同じテーブルに長野県民が僕を含めて4人いました。しかもその内の一人は僕と同じ松本出身で、実家から一番近い高校出身だったんです。福島へはそんなに多く長野県民は行かないので、すごい確立だなぁ、なんて当時は思いました。
その歓迎会の最後がボーリング大会で、電車で移動しボーリング場に行きました。ゲーム中、僕はふと隣のレーンを見ました。同じ大学生位のグループがボーリングをしていましたが、その中の人に見覚えがある顔がありました。すると、向こうも僕の顔をじーっと見ました。
その瞬間大きな驚きと共に思わず言葉が!
「○○先輩じゃないですか!?」
その見覚えのある顔は、高校時代の先輩だったんです。まさか松本から遠く離れた福島で高校時代の先輩と出会うとは思いもよらなかったので大きな衝撃でした。
話を聞くと、一浪して福島にある僕とは違う大学に合格して最近松本から引っ越してきたとの事でした。その場で松本出身が3人になりました。
これが、僕の記憶の中にある始めてのシンクロニシティ体験です。思えば、この時から何か始まっていたのかもしれません。
ちなみに、歓迎会の時にあった同じ松本出身の友人は、後に恩師となる冨田先生と同姓同名です。
希少なクリスタル,メタフィジカル系ストーン,日本の鉱物等をご紹介しています。
2005年10月20日
人生のプロセスとバックグラウンド
先日仙台に行きましたが、僕にとって大きな出来事を思い出しました。
その当時、大学四年だった僕は教師を目指していましたが、アメリカへの短期留学やインターネットとの出会いを通して、「教師になるなら社会に出て、社会を知ってからにしよう。社会に出ないと子供たちにそのことを教えることができないし、英語についてももっと知らないと教えられないだろう。」と感じ、教師になることを止めて、社会に出ることを決めました。英語関係の仕事に憧れがあり、アメリカへ行った際に出会ったツアコンの方の仕事の話に大変興味もあり、また親や親戚を連れてアメリカへ行き、ツアコンのようなことを行ったこともあり、その時「よし!ツアコンになろう。」とすぐに決め、本屋に行きツアコンについての本を読みあさっていました。
そして、ある本の巻末にツアコン関係の会社のリストがあったので、片っ端から僕の想いをハガキに書いて送りました。何社からか返事があったのですが、条件が合わなかったりでダメだったのですが、一社仙台の某観光会社から面接OKの返事が来て早速面接に出かけました。
その会社に着き早速面接。担当してくれた方はその会社の次長さんで、僕の話や夢を丁寧に聞いてくれました。そして後日、その会社から内定の連絡がありました。その次の日くらいだったかと思いますが、面接を担当してくれた次長さんから突然個人的に僕に電話があったんです。そして、「富君は本当にこの仕事がしたいの?富君の理想と違う仕事になる可能性もあるよ。もし英語をもっと勉強したいのであれば、いきなり就職するんじゃなくて専門学校に行く等の様々な道がある。人生はプロセスが大切なんだよ。」というようなことを言ってくれました。
僕は次長さんの話を聞いて、自分の道に悩みました。そして、恩師の大学の冨田先生にそのことを相談しました。冨田先生は真剣に僕の話を聞いてくれ、観光会社の次長さんの話をしたところ、「富君は、素晴らしい人に出会ったね。普通に考えても就職先の内定後にそのようなアドバイスをしてくれる人はそうはいないだろうしね。僕もその次長さんの意見に賛成だよ。ある目標を達成するには人には様々なプロセスがある。また今まで体験してきたバックグランドも大切だ。その次長さんの意見も考えて、富君らしい道を選択したらどうだろうか」とのアドバイスを頂きました。僕は焦っている自分の気持ちに気付きました。何も焦ることはない。自分の道は人と比較するものではない。自分で作っていくものだと次長さんと冨田先生の言葉ではっとしました。とても気持ちが軽やかになり、僕にとって非常に大きな気付きになりました。
僕は、すぐに次長さんと連絡を取り、再度仙台に行き僕の気持ちを伝えました。僕は英語をもっと追及するために専門学校に行く道を選択したいという気持ち、そして、これからのプロセスを自分で作っていくことを、せっかく内定いただいて解消するのは失礼なことだと思いましたが、正直に率直に伝えました。
次長さんは僕の言葉を聞いて、まるで僕の父親のように喜んでくれました。そして、僕の道をいつでも応援しているから、困ったことがあればいつでも連絡して、ということまで言ってくれました。僕はただ感謝で胸が一杯で何も言えませんでした。
その後、そのことを冨田先生に伝えたところ、先生も僕の選択を喜んでくれ、先生の奥さんが通ったことがあるという東京の英語の専門学校を教えてくれました。その学校が僕にとって人生を大きく変えるターニングポイントの場所になりましたが、それはまた別の機会にお話させていただきたいと思います。
人生には僕の体験のように影響を与えてくれる感謝すべき存在達がいます。例えもう二度と会うことは無い人であったとしても、その人の意識や言葉は常に今にあります。そして、僕たちはその存在達によって生かされているとも言えます。日々の人との出会いには、例えそれがどんな関係になろうとも自分の道のエッセンスが含まれていると感じています。
その当時、大学四年だった僕は教師を目指していましたが、アメリカへの短期留学やインターネットとの出会いを通して、「教師になるなら社会に出て、社会を知ってからにしよう。社会に出ないと子供たちにそのことを教えることができないし、英語についてももっと知らないと教えられないだろう。」と感じ、教師になることを止めて、社会に出ることを決めました。英語関係の仕事に憧れがあり、アメリカへ行った際に出会ったツアコンの方の仕事の話に大変興味もあり、また親や親戚を連れてアメリカへ行き、ツアコンのようなことを行ったこともあり、その時「よし!ツアコンになろう。」とすぐに決め、本屋に行きツアコンについての本を読みあさっていました。
そして、ある本の巻末にツアコン関係の会社のリストがあったので、片っ端から僕の想いをハガキに書いて送りました。何社からか返事があったのですが、条件が合わなかったりでダメだったのですが、一社仙台の某観光会社から面接OKの返事が来て早速面接に出かけました。
その会社に着き早速面接。担当してくれた方はその会社の次長さんで、僕の話や夢を丁寧に聞いてくれました。そして後日、その会社から内定の連絡がありました。その次の日くらいだったかと思いますが、面接を担当してくれた次長さんから突然個人的に僕に電話があったんです。そして、「富君は本当にこの仕事がしたいの?富君の理想と違う仕事になる可能性もあるよ。もし英語をもっと勉強したいのであれば、いきなり就職するんじゃなくて専門学校に行く等の様々な道がある。人生はプロセスが大切なんだよ。」というようなことを言ってくれました。
僕は次長さんの話を聞いて、自分の道に悩みました。そして、恩師の大学の冨田先生にそのことを相談しました。冨田先生は真剣に僕の話を聞いてくれ、観光会社の次長さんの話をしたところ、「富君は、素晴らしい人に出会ったね。普通に考えても就職先の内定後にそのようなアドバイスをしてくれる人はそうはいないだろうしね。僕もその次長さんの意見に賛成だよ。ある目標を達成するには人には様々なプロセスがある。また今まで体験してきたバックグランドも大切だ。その次長さんの意見も考えて、富君らしい道を選択したらどうだろうか」とのアドバイスを頂きました。僕は焦っている自分の気持ちに気付きました。何も焦ることはない。自分の道は人と比較するものではない。自分で作っていくものだと次長さんと冨田先生の言葉ではっとしました。とても気持ちが軽やかになり、僕にとって非常に大きな気付きになりました。
僕は、すぐに次長さんと連絡を取り、再度仙台に行き僕の気持ちを伝えました。僕は英語をもっと追及するために専門学校に行く道を選択したいという気持ち、そして、これからのプロセスを自分で作っていくことを、せっかく内定いただいて解消するのは失礼なことだと思いましたが、正直に率直に伝えました。
次長さんは僕の言葉を聞いて、まるで僕の父親のように喜んでくれました。そして、僕の道をいつでも応援しているから、困ったことがあればいつでも連絡して、ということまで言ってくれました。僕はただ感謝で胸が一杯で何も言えませんでした。
その後、そのことを冨田先生に伝えたところ、先生も僕の選択を喜んでくれ、先生の奥さんが通ったことがあるという東京の英語の専門学校を教えてくれました。その学校が僕にとって人生を大きく変えるターニングポイントの場所になりましたが、それはまた別の機会にお話させていただきたいと思います。
人生には僕の体験のように影響を与えてくれる感謝すべき存在達がいます。例えもう二度と会うことは無い人であったとしても、その人の意識や言葉は常に今にあります。そして、僕たちはその存在達によって生かされているとも言えます。日々の人との出会いには、例えそれがどんな関係になろうとも自分の道のエッセンスが含まれていると感じています。
希少なクリスタル,メタフィジカル系ストーン,日本の鉱物等をご紹介しています。








Into Silence
ドルフィン&ホエールズ
Harmonic Meditations